はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

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ヒナ田舎へ行く 350 [ヒナ田舎へ行く]

フルーツケーキが焼き上がると、ようやくブルーノは腰を落ち着け、ダンが淹れてくれた紅茶で喉を潤した。

少し堅めに焼いたジンジャークッキーをぽりぽりと食べるダンは、満足げな面持ちだ。

そんなダンに、ブルーノもまた満足だった。

「美味いか?」わざわざそう訊ねるのは、ダンの口から褒め言葉が聞きたいから。

ヒナが来てからというもの仕事量が二倍、いや確実に三倍にはなった。それでも仕事を投げ出さないのは、ダンがいるからだ。キッチンにいる時間が長くても、ダンが一緒だとほとんど苦痛には感じない。けれども、スペンサーにダンを奪われている時間は、苦痛以外の何ものでもない。

「ええ、ショウガがぴりっと効いてて、僕好みです。ヒナはもうちょっと甘めの方が好きですけどね」

「だろうな。ヒナのは別に焼いてあるから心配はいらない。あと、これも味を見てくれ」そう言って出したのは、ダンのためだけに焼いたにんじんのケーキだ。にんじんのスープが好きだから、ケーキも好きだろうと考えて試作したのだ。

「なんです?これ」ダンはカットされていくケーキの断面をじっと見つめる。

「にんじんを使ったケーキだ」

「へぇ。美味しそう」そう言ってさっそくフォークでひと欠片口に運び、うんと納得したように頷いた。「おいひいです」

ブルーノはほっと息を吐いた。いつの間にか息を止めていたようだ。

「昼食にちょうどいいかもしれません。ハムをスライスして朝のスープを温め直せば、十分じゃないですか?」

他のやつに食べさせたくはないが、ダンがそう言うなら、それもいいのかもしれないとブルーノは考えた。

どちらにせよ、やつらはスコーンをたらふく食べたあとだ。昼食を軽く済ませてくれれば、こちらの仕事も少なくて済む。

「そうだな。そうしよう」軽い調子で言い、しばらくダンの食べっぷりを黙って眺めていた。

ダンの爪は短く切り揃えられ、綺麗にやすりがかけられている。万一、ヒナを傷つけることがあってはならないからだろうが、そこにもダンの美意識が感じられた。

自分も少し見習わなければと、ブルーノは、短いがダンを傷つけないとも限らない爪の先を指の腹で擦った。

「今日は一日中雨だろうな。午後は何をして過ごす予定だ?」もしも空いているなら、またこうして時間を分かち合いたい。

「午後はスペンサーと約束が」

あんのっ!くそ兄貴!

「へぇ、スペンサーとね」ブルーノは怒りと失望を抑え、やっとのことで喉の奥から声を絞り出した。

「空けておくように言われたんですけど、いったいなんでしょうね?ヒナの事で何か面倒なことでなければと思っているんですよ」ダンは心配そうに眉をひそめた。

ブルーノはここぞとばかりにダンの不安を煽る。「さあ、どうかな?スペンサーはたいてい面倒な事を言ってくるからな」

スペンサーに対して悪印象を抱いてくれればこれほど嬉しいことはない。

「ああ、やっぱりそう思います?怒られたりしなきゃいいんですけどね」ダンはテーブルにこぼれたクッキーのかすを指先で突きながら、弱弱しく言った。

「何かあったら俺に言って来い」ブルーノは力強く言い、頼れる男をアピールした。

「ええ、そうします」ダンは無邪気に返した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 351 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノへの返事を、勝手に先延ばしにしたのは自分なのに、なんだかもどかしい気持ちになってしまうのはなぜなのだろう?

理由はなんとなく分かっている。ブルーノのあの熱いキスを思い出してしまうからだ。思い出すというより、身体が感じる。あの時のブルーノの切ないまでの想いと、剥き出しの欲望を。

ダンには馴染みのないものだった。誰かを好きになるとか、欲望とか、そういうものを抱いたことは十八年間なかった。

けれどもブルーノのせいで、ダンはそれを知ってしまった。

これまで、ジャスティンのヒナへ欲望は否が応でも目にしてきたダンだが、結局、はたから見ているのと実際に体験するのとでは全く違ったということだ。

きっぱり断ってしまえば、それで終わりなのに、そう出来ないのは、他人から初めて好意を寄せられたからに他ならない。たとえそれが男だとしても、あっさり退けてしまうには惜しかった。

誰かが自分を好きになってくれるなんて、夢みたいな話。しかも、ダンはただの使用人だ。たとえ、ブルーノがこの屋敷でただの料理人をしているからと言って、ダンよりも遥かに上の階級の人間なのは間違いない。それは絵画室の肖像画で証明されている。

ブルーノも貴族だ。いまはジェントリだとしても。

そんな身分違いの恋――なんだかヒナが好きそうなテーマだ――に身を置くつもりはないし、どうせいずれ離れ離れになってしまう。だから意味がない。

わかっているのに……。

突っぱねてしまえない。

惜しいだけじゃない。やっぱり、僕もブルーノが好きだから?エヴァンとは出来なかったキスがブルーノとは出来たから?もちろんあれは不意打ちで、望んでしたわけじゃないけれど。

でも、またしてみてもいいと、思っていたりなんかする。

りんごの味がしたブルーノのキスは、いまはどんな味がするのだろうかとか……。

ダンは喉がからからに干上がるのを感じた。こんな時にあのキスの味を思い出したりなんかして、目の前に本人がいるってのに!

「向こうの屋敷では、どんな菓子を食べていた?料理人はフランス人なんだろう?」ブルーノがふいに訊いた。

不埒な事を考えていたダンはぎょっとした。

「シ、シモンは自称フランス人で、僕が思うに――みんな思っているんですけど――生粋のロンドンっ子なんだと思います。彼はヒナの為に腕を振るいますけど、僕たちがそのおこぼれにあずかることはまれでしたね。でも、レモンパイは絶品ですよ」

時々口にした懐かしい味を思って、ダンはホームシックに似た感覚が湧きあがるのを感じた。

「ふーん。レモンパイね」

ブルーノはシモンのレモンパイに挑戦しようとしているのだろうか?あれこれ考えを巡らせているように見える。繊細な指先が作り出すレモンパイはきっとシモンに負けず劣らず美味しいに違いない。

「ええ、ヒナもシモンのレモンパイは気に入っているんです。クッキーやなんかは、いつも決まった店から定期的に届いていましたから、残ったものを頂戴する機会は結構ありましたけどね」食べ残しをちょっと拝借という形だけど。

「ヒナの部屋はそういうので溢れていそうだな」

ブルーノの想像通りで、ほぼ間違いない。

「ええ、何から何まで甘やかされていますから」ここでもね。とダンは心の中で付け足した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 352 [ヒナ田舎へ行く]

午後二時。

スペンサーは出納簿をぺらぺらとめくり、かさむ出費に頭を悩ませていた。

昼食後、ダンと時間を過ごすつもりだったが、エヴァンにあれこれ言われて断念した。ダンはあきらかにブルーノにこき使われて疲れている。ヒナから自由になれる時間、ゆっくり休ませてやろうと思ったのだ。

実のところ、ダンを独り占めしたい気持ちはあっても、それが逆効果になるのではと不安に思っているのだ。だからこそ、歯に衣着せぬエヴァンの助言に耳を貸したのだ。あれを助言と言うならだが。

『このまま取り合いを続ければ、ダンは辟易しますよ。もう少しゆったりと構えてみてはいかがです?』

まさにその通りだと思う。けれども、ブルーノにこのままかっさらわれてしまっては元も子もない。

だが、ぐずぐず考えてもしょうがない。今日は、ダンを休ませてやると決めたのだ。

そうして俺は暇だと思っていたのが嘘のように、仕事に追われている。

まず、生活費の不足について。

これはこちらでやりくりするしかない。小麦粉やバターの注文が増えたが、隣からの援助もあり、なんとかできないこともない。問題は、アイダの賃上げ要求。

むろん、アイダの言い分は正当なものだ。洗濯物の量が倍になったのだ。給金の増額を
要求してしかるべき。だが、これを伯爵にどう請求すればいい?こちらでまかなってもいいが、この場合伯爵が払うべきなのは明白。ヒナやダン(そもそもダンは数には入れられない)は仕方ないとして、ルークやクロフト卿はこちらが招いた客でもなければ拒める客でもない。

いっそ、クロフト卿に請求してみるか?

彼がおそろしく金持ちなのは周知の事実だ。だが、自分の屋敷(になる予定)に滞在して、滞在費をくれと言えるか?俺は言えない。だが、言わねばなるまい。

今日はシーツの取り換えで各部屋をまわらなければいけない。ついでに、その辺をほのめかしてみるか?男ばかり八人もいては――親父を勘定に入れたら九人だが――食費が膨大になり生活費を圧迫しているとか何とか。

よし。カイルを呼んで早速部屋をまわろう。

スペンサーは帳簿を引き出しに仕舞い、両手を机に着いて重い腰をあげた。

ともかく、余所の使用人風情に仕事をしていないなどと思われるのはしゃくだ。事実はどうあれ。

廊下に出ると、運がいいのか悪いのか、ダンにばったり出会った。

「あ、わ、ダン」

我ながら、間抜けな声。

「もしかして、約束忘れてました?午後、空けておいてくれって言ったでしょ」ダンはわざとむくれた顔をして、笑いを誘う。

スペンサーは気まずげに笑って、忘れていたわけではないことを説明しようとした。

「いまから!そう、いまから部屋に行くところだったんだ」言ってしまって、しまったと顔を顰める。いつから自分は不器用極まりない男になったというんだ?午後は仕事があるから、また今度と一言言えば済む話なのに。

「そう、ですか?」ダンは納得いかないというように目を細めた。

この際、忘れていたことにしたほうが丸く収まりそうな気がした。せっかくダンの方から会いに来てくれたのだ。断るのはひどく馬鹿げている。

シーツやなんかは後回しだ。

スペンサーはダンを連れて、書斎に取って返した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 353 [ヒナ田舎へ行く]

何か悩み事を抱えた様子のスペンサーを見ているうちに、ダンは不安になった。

スペンサーが約束を忘れていたのは明らかだし、廊下で出くわしたとき、僕に会いに行こうとしていたって言うのも嘘だ。

居心地悪げに椅子の上でお尻をもぞもぞと動かし、いったい何がスペンサーを悩ませているのだろうと考える。

そういえば、昼食の時から様子がおかしかった。上の空というか、もしかすると、僕が何か気に障ることをしたのかもしれない。何度か午後の呼び出しについて、目配せをしてみたけど、まったく気付いてもらえなかった。

もしも、気付いていなかったわけではなく、無視していたのだとしたら?スペンサーに会いに来たのは間違いだったかもしれない。

「何か飲むか?」スペンサーが向かいに腰をおろす。

「いえ。なんだか今日はずっと、食べたり飲んだりしているような気がするので」うっかり食べ過ぎてしまったにんじんのケーキは、もう少しならいけそうな気がするけど。

「ブルーノがあれこれ構うからな」スペンサーが辛辣に言う。

そんなキツイ言い方をしなくてもとダンは思ったが、確かに居候の割にはあまりに恵まれ過ぎている気がした。でも、スペンサーは事情を知っているわけだし、ヒナのおまけでしかない僕が、ヒナにとって必要不可欠であると認めてくれていると思っていた。

「手伝いが欲しいだけですよ」と心にもないことを言って、傷ついたプライドを慰める。

スペンサーは渋面を作り、諭すように言う。「断ってもいいんだぞ。それでなくてもやることが多いだろうに。少しは休め」

あれ?もしかして、心配してくれている?さっきのも、僕を心配しての言葉だったりする?

「どってことないです。僕の仕事は休みがあってないようなものですから」なんとなく照れくさくなって、それとは気付かず田舎訛りが出てしまった。

スペンサーはもちろん気付いたが、軽く微笑んで聞き流した。「ヒナはどうしてる?」

「お昼寝中です。ルークさんとずっと一緒だったから、緊張して疲れたようです」もちろん、疲れようが疲れまいが、昼寝はするのだけれど。

「ヒナでも緊張するのか?」

「ああ見えて、しょっちゅうしてますよ」ささやかな秘密を暴露しているようで、ダンは愉快になった。おかげでここへ来るまでに(来てからも)抱いていた不安や緊張がほぐれたようだ。

「へぇ」と、スペンサー。どうやら、信じていないらしい。

まあ、分からなくもないけど。「そういえば、ヒナと取引をしたんですって?」

「取引?ああ、あれか……ヒナがウォーターズに会わせろってうるさくてな」

「代わりにヒナはスペンサーに何をしてあげるんです?」

実はヒナに出来ることが思い浮かばなくて、ずっと頭を悩ませている。スペンサーなら答えてくれると期待したのだけれど――

「さあな」と、スペンサーは笑って誤魔化した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 354 [ヒナ田舎へ行く]

この話題はまずい。

ヒナは秘密の取り決めのことを、ダンにどこまで話したのだろう?

ウォーターズとの時間を増やしてやる代わりに、ダンとの仲を取り持って欲しいと言ったことを知っているのか?

スペンサーは愛想のいい笑みを顔に張り付け、席を立った。暖炉の脇に下がる紐を引き、誰でもいいから呼んだ。やはりお茶か何か(もしくは酒か)必要だ。この時間なら、ブルーノは自分の部屋にいるから、カイルが先に駆けつけるだろう。

「少し冷えるな。温かいものを持ってこさせよう」

「僕、行ってきましょうか?」

ダンが立ち上がろうとするのを、スペンサーは軽く手をあげて止めた。

「いや、いい。すぐにカイルが来る」

ダンはそうですかと、あっさり引き下がった。やはりブルーノにこき使われて、疲れているに違いない。

でもこれで、とりあえずは危なっかしい会話から逃れることが出来た。もしかするとダンは後々まで追求してくるかもしれない。そうなったら、カイルをここに引き留めるしかなくなる。

そうこうしているうちに、カイルが読みかけの本を手に持ったまま、書斎に入ってきた。表紙を見る限り、ヒナの持ち込んだ愛読書のうちの一冊のようだ。

「何か用?」呼びつけられて、不機嫌そうだ。

「茶を淹れてきてくれ」生意気な弟に向かってぴしゃりと言う。

カイルはあからさまに嫌だという顔をした。今はまだ茶の時間ではないとでも言いたげだ。

「あっちの部屋にポットが置いてあるから、移動すれば」唇をとがらせて、ダンに目配せをする。

「そうしましょうよ、スペンサー」ダンは無邪気に言って、立ち上がった。

これではどうしようもない。カイルに無理強いすれば、ダンの俺に対する印象が悪くなる。

スペンサーは仕方なく、カイルの案を受け入れた。

確かに、居間の方が寛げるし、スペンサーにとって困った会話に終始する事もないだろう。

「ひとりで読書ですか?」ダンが丁寧な口調でカイルに訊ねる。

先頭を切るカイルは指を挟んだ本をダンに向け、「まだ最初の方だけどね」と肩をすくめる。

「読み終わったら感想を聞かせろ」スペンサーはからかうように言って、ダンの横に並んだ。

「そうですね。カイル、楽しみにしていますよ」ダンは言って、くすりと笑った。

スペンサーも同じように笑う。ダンのいたずらっぽい口調が気に入った。もうずっと前から気に入っているのだが、これでまたさらにのめり込んでしまった。

どうにかして、ダンの心を掴まなければならないが、今出来ることと言えば、当面の問題を一緒に考える事くらいだろう。

つまり、金についてだが、こういう内輪の事を話し合う方がより親密になれるというものだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 355 [ヒナ田舎へ行く]

結局、スペンサーはいつもの座り心地のいい椅子に腰を下ろし、ダンはその隣に並ぶようにして腰を落ち着けた。カイルは一人、暖炉の前のヒナの置きみやげのケットの上に寝ころんで、本の続きに没頭している。

「ところで、お茶はいいんですか?」ダンはティーテーブルに置かれた、ポットを見ながら訊ねた。

「ん?ああ、どうせもう少ししたら茶の時間だ。その時でいい」スペンサーはこめかみを指先でぽりぽりと掻いた。

「そうですか……」さっきは喉が渇いたと言っていたのに、やっぱりどこか変。

「なんだ?そんなにぬるいお茶を飲ませたいか?」スペンサーが青い目を細める。

ダンは大袈裟に顔を振った。「いえ!そういうことではなくて、なにか悩んでいるのかと思って」

「大したことじゃない。アイダの仕事が増えたことが気がかりなだけだ」

「ああッ!そうですよね。ヒナがシャツを何枚も汚してしまうし、髪が長いのでタオルもたくさん使うんですよね」

「まあ、それもあるが、予想以上にこの屋敷に人が増えて、ヒナがシャツを汚さなくても仕事は倍増している」スペンサーは頬杖をつき、皮肉混じりに言う。

確かに、僕は余計者だし、クロフト卿にエヴァン、ルークも増えた。本当はヒナだけがここにいるはずだったのに、これだけ増えては人手が足りなくて当然。

「僕、明日からアイダを手伝います」

「いやいや、そういうことじゃないんだ。アイダは賃上げを要求している」スペンサーは苦り切った口調で言う。

そっか。それって当然の権利だよね。これがシモンだったらもっと騒ぎ立てているだろう。仕事量に見合った賃金を要求するのは、労働者の権利だとか何とか言って。(もちろん、シモンはもっと洒落た言い回しをするだろうけど)アイダはなかなか紳士的――いや、淑女的だ。まあ、本物の淑女はお金のことなんか一言だって口にしないだろうけど。

「この場合、伯爵に請求するのですか?」

「そうしたいが、無理だろうな。こっちで出せないこともないし、そうする方が面倒がなくていい」

「僕に出来ること、ありますか?」

代わりに支払うってことは出来ないけど(お小遣い程度しか持っていないので)、旦那様にお願いする事は出来る。うまく説明すれば、旦那様はきっと力になってくれる。

「いや、大丈夫だ。これ以上、人が増えなきゃな」スペンサーはそう言って笑い飛ばした。

さすがにこれ以上はないなと、ダンも思いながら、笑みを返した。

「だぁ~ん!」と突如ヒナの声がしたかと思うと、雷の時のようにダンめがけて居間に駆け込んできた。

ダンは弾かれた様に立ち上がり、ヒナを受け止めようとして、はたと動きを止めた。「どうしたんです?それ……」

昼寝をしていたはずのヒナの腕の中には、灰色と白のまだら模様の毛むくじゃらの何かがいた。

ダンの記憶が確かなら、いつも庭にいる子猫のうちの一匹だ。いったいどうしてヒナの腕の中に?

つづく


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ヒナ田舎へ行く 356 [ヒナ田舎へ行く]

もじゃもじゃ頭のヒナが抱えているのは、本来なら外にいるはずのネコだ。

「ヒナ、そいつを中に入れたのか?」スペンサーは声を尖らせた。ネコであれ何であれ、人間以外の生き物を屋敷の中に入れるのは禁止だ。

「違うもんっ!お昼寝してたら、この子がヒナのおなかのとこで丸くなってたんだもんっ!」ヒナはムキになって言い返し、スペンサーの目から子ネコを隠した。ついでに自分はダンの陰に隠れる。

スペンサーがダンは攻撃しないことを知っていての行動だ。なかなかの知能犯だ。

「いいからそいつを外に出すんだ」

「ゃ、だ」

「嫌だぁ?そいつはノミやらなんやらを身体にくっつけてるんだぞ。ここの絨毯がノミだらけになってもいいのか?」

ヒナはカッと目を見開き、腕の中の子ネコの毛を器用により分けて「いないもんッ!」と反抗的な態度で応酬してきた。

「だいたい、どこから入ってきたんだ?」

「とにかく、ヒナ。その子はみんなのいるところに戻して、ヒナはズボンを穿きましょう」ダンが後ろを振り返って言う。

ダンの言うとおりだ。さっきからチラチラ下穿きが見え隠れしていて、気になって仕方がなかった。

「ケットがあるから巻いておいたら?」カイルがケットを手にやってくる。

ヒナは子ネコをぎゅっと抱き「元気ないの」と悲しげに言うと、カイルが広げるケットに子ネコごと収まった。

「病気?」カイルがケットの中を覗き込む。

「病気なもんか。病気のネコがどうやってヒナの部屋まで行けるっていうんだ。寝てるだけだろう」

「ヒナのことお母さんネコだと思っているんじゃない?僕も熱が出たときはお母さんと一緒に寝てたもん」カイルは子ネコを指先で優しくつついた。

「そうかも。ヒナにぎゅっとしてるもん」

「ぎゅっとしてても、ダメなものはダメだ」だいいち、こんな場面をルークに見られでもしたら、困ったことになるのはヒナだぞ。

目で訴えてみるが、ヒナはすっかり母親気分で、子ネコを追い出そうとするスペンサーに爪を立てんばかりだ。

カイルめ。余計なことを言いやがって。

「皆さんお揃いでしたか」

ほらみろ!最悪のタイミングでルークの登場だ。

「フィフドさぁーん!」ヒナは涙声でルークに駆け寄った。なかなかうまいやり口だ。

「ど、どうしたんです?」ルークは突然のことに目をぱちくりさせながら、ヒナの頭越しに一同を見やった。

「フィフドさん見て。この子がね、元気がないの。どうしたらいいと思う?」ヒナは必死な様子で、子ネコをルークの眼前に突きつける。

「えっと、とりあえず、温めてみたらどうかな?今日はちょっと寒いから、風邪を引きそうなのかもしれないし」ルークはヒナの勢いに気圧されたじたじだ。

「火のそばに行きなよ」カイルがしゃしゃり出る。

ヒナはルークに促されるようにして暖炉の前に行き、コロンと転がった。母ネコのように子ネコを胸に抱く。

「えっと、とにかく僕はヒナのズボンを取ってきます。そのあとお茶にしましょう。ショウガとハチミツたっぷりで風邪引かないように」ダンは後は任せましたよとスペンサーを一瞥すると、そそくさと部屋を出て行った。

「ったく、ネコ一匹で大騒ぎだ」

ぼやくスペンサーだが、ルークは意外にも寛容だった。

「心配ですね。何ともなければいいんですけど」

たかが子ネコ一匹、伯爵邸に入り込んでいたくらいどうってことないらしい。

むしろ騒いでいるのは俺だけなのかもしれない。

スペンサーはダンが戻ってくるのを、自分の場所で静かに待った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 357 [ヒナ田舎へ行く]

「ダン、どうしました?」

ヒナのズボンを手に部屋を出たところで、エヴァンに声を掛けられた。

ダンは昼寝中のヒナに起こった事の次第を手短に説明すると、エヴァンと連れ立って階下へ向かった。

「まったく。ヒナがいると退屈しませんね」エヴァンが笑いながら言う。もちろん、声だけで顔は笑っていない。

「ええ、まあ。退屈なんてこの二年したことがありませんよ」それどころか、仕事がてんこ盛り。エヴァンの手が少しでも空いているなら、ヒナをしばらく任せたいところだ。「クロフト卿はどうされています?」念のため訊ねる。

「疲れて休んでいます。子供たちと一緒だと、どうもはしゃぎすぎるようです」エヴァンはやれやれと首を振る。

「意外に子供好きですよね、クロフト卿って」

「子供くらいしか、まともに相手にしてくれないからだろう」

たいていにおいてクロフト卿を相手にするのは――していたのは、肉体的なつながりを持つ、つまり、旦那様のクラブに集まるような、そういう人たちだった。

そういう付き合いから手を引いたクロフト卿のそばには、いまはジェームズがいる。ヒナや旦那様も。

「それで、ヒナはその子ネコを離そうとしないのですか?」エヴァンが話を元に戻す。

「そうなんですよ。今回ばかりはスペンサーの言うことを聞いて欲しかったんですけどね。ルークをうまい具合に丸め込んじゃって、だんだん手が付けられなくなっている気がします」

ああ見えて(もしくは見た目通りか?)、かなりの世渡り上手だ。

「旦那様に会えなくて気が滅入っているんですよ。ネコくらい許してあげてください」

エヴァンまでそんなことを。みんなヒナに甘いんだから。

「僕は旦那様が心配です。ヒナはネコを慰めにしていますけど、旦那様にはヒナしかいないんですよ」

「その点に関しては、わたしも楽観視していない。このままヒナとうまく会えない日が続けば、いずれ爆発してしまうだろう」エヴァンが思わず身震いをする。こわいものがなさそうなエヴァンも、荒れる旦那様だけは恐ろしいのかもしれない。

「この際、みんなに打ち明けてはどうですかね?だって、ヒューもスペンサーも知っていて、あとはブルーノとカイルだけでしょう?ルークはそりゃ、伯爵側の人間だけど、事情を知ればなんとかなりそうな気がするんですよね。あ、そこの段差気をつけてください」

廊下が交差する場所に段差があるのだが、ダンはそこで何度もつまずいている。

エヴァンはダンの忠告をさほど気にするふうでもなく、段差をひとまたぎする。

「ルークを侮ってはいけません。確かに彼は、ある程度理解を示してくれるでしょう。けれど、仕事で来ているうちは自分の役目を放棄したりはしないでしょう。ヒナの不利になる行動は慎むべきです」

そうだろうかとダンは疑問に思った。けど、きっと、エヴァンの言う通りなのだろう。エヴァンは僕よりも人生経験が――恋愛経験も――豊富だ。旦那様の気持ちも、ルークの行動もお見通しなのだろう。

「ではいったい、どうすればいいんでしょうね?」

ダンの呟きに、エヴァンは黙して返事はしなかった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 358 [ヒナ田舎へ行く]

エヴァンにズボンを託したダンは、そのままキッチンにおりていった。

この時間、たいていブルーノは自分の部屋にいる。最近はほとんどをキッチンで過ごしているようだけど、午後のこのひと時は姿を見ないことが多い。これまでもずっとそうだったのだろうか?僕が来る前も?

キッチンに入ると、ダンはてきぱきと茶の支度を始めた。まるでずっと前からここで暮らしているかのように、何がどこにあるのか身体が覚えていて勝手に動く。

はちみつとしょうがチップを最後にトレイに乗せ、一〇分ほどで支度が整った。

「子ネコにミルクを持って行った方がいいのかな?」

持って行かないとヒナがうるさそうだし、持って行けばスペンサーは絶対にいい顔はしない。そもそもネコをお屋敷に入れちゃだめだったんだ。とはいえ、ネコの方が勝手に入って来たわけだし、ヒナは悪くない。

幸いにもルークはその辺を気にしてなさそうなので、ヒナの評価が悪くなることはないだろう。それとも、事実として報告書に記載するだろうか?

「ダン?何をしている」

ブルーノ!!

ちょうどミルクを手にしていたダンは、咄嗟に背中に隠した。

そういう行動は、一〇〇%あだになる。

「お茶を淹れていただけです。みんなが寒いというので」

ブルーノは怪訝な顔つきで中に入ってくる。「呼べばいいだろう?わざわざダンがやらなくても」

「ちょっとしたついでですから」ダンはあとずさりながら、うっかり隠してしまったミルクをどうしたものかと考えを巡らせる。

「何を隠している?」ブルーノはダンの後ろを覗き込み、素早く距離を詰めた。

「あっ」と言った時には、ミルクは奪われていた。

「ミルク?」

「ええ、まあ、その……」正直にネコ用なのだと言うべきか、自分が飲もうと思ったと言うべきか。「ヒナが……」と、結局ヒナのせいにした。

「なぜ隠す」ブルーノは頭を下げて、ダンと視線を合わせると、唇が触れ合いそうなほど顔を近づけてきた。

「あ、あのっ!隠したとか、そういうのでは……」あまりに見詰められて(もしくは睨まれている?)目が逸らせなくなり、声も出なくなった。

また、キスされてしまうのかな?

「何かまずいことになっているのか?」ブルーノが声をひそめる。

吐息が掛かり、ミントの香りが鼻孔にすうっと入り込んできた。スペンサーがよく食べているミントキャンディの香りだ。

「そのようなものです」ダンは降参した。ブルーノとネコ問題を一緒に解決する方が理にかなっている。

ダンはエヴァンに説明したのと同じことを繰り返した。

ブルーノはスペンサーほどではないが、不快げに眉間にしわを寄せた。

「あまりいいことではないな。けど、まあ、元気になるまでは仕方がない」

「ブルーノ!」ダンは感激のあまり、ブルーノに抱きついた。まさか、ブルーノから肯定的な意見が聞けるなんて。これでヒナを説得しなくて済むと思ったら、気が楽になった。

「わかったから、離れろ」ブルーノが声を硬くして言う。

ダンは自分のしていることに気付き、慌てて飛びすさった。

「まったく、無意識というのはこわいな」ブルーノは呟き、ミルクを紅茶の乗ったトレイに乗せた。「行くぞ」軽々とトレイを持ち上げ、ダンについてくるようにと視線を送る。

ダンは念のためクッキージャーをひと瓶手にすると、ブルーノの後についてネコのいる居間へ向かった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 359 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノがダンを従えて居間にやって来たとしても驚きはしなかった。

ヒナのズボンを取りに行ったダンが、キッチンに寄ったのならなおさら。そもそもあそこはブルーノの縄張りだ。

戸口に立つエヴァンが二人に声を掛ける。

ヒナが中断していた昼寝の続きを始めてしまったので、静かにしろというわけだ。

ネコ連れであちこち動き回られるよりはましだが、おかげでこちらも動きを封じられている。

スペンサーはダンの動きを目で追い、ブルーノとの間に変化がないか確かめようとしたが、エヴァンが素早く視界に入って来て、それを阻んだ。何かにつけ邪魔をするエヴァンは、通りすがりに冷ややかにこちらを見下ろし、窓辺にそっと腰を落ち着けた。

睨まれる筋合いはないが、そもそもエヴァンに睨んでいるという自覚があるのかどうか疑わしい。睨んでいなくてもそう見えてしまう顔をしているのだから。

「ヒナはズボンも穿かずに眠ってしまったようですね」ダンが隣でひそひそと言う。出て行く前と同じ場所に戻って来てくれて何よりだ。

「あそこに寝転がってすぐだった」

暖炉の前には小さな山が出来ている。ヒナはすっぽりケットにくるまっていて、カイルが確認したこところによれば、ネコと一緒に寝息を立てているらしい。

あえて見に行こうとは思わなかった。ヒナの寝顔などどうでもいいし、ネコを見て腹を立てたくもなかったからだ。

カイルはヒナの横に寝そべって、読書を続けている。そしてルークはぼんやりとその様子を眺めている。

「ちょうど良かったかもしれません。まだお茶は熱いので、ヒナは飲めません」

猫舌のヒナがネコと昼寝か……。

ダンもルークも同じことを思ったのか、声を出さないように気を付け、小さく笑っている。

「僕たちはいただきましょうか」そう言って、ダンはブルーノと視線を交わす。

ブルーノは合図を待っていたのか、軽く頷くと、紅茶で満たしたマグをテーブルに並べた。

「しょうがとはちみつは、ご自由に」そう言って、椅子を引いて来て、図々しくもダンの横に座った。

結局、うまくやるのはブルーノだ。

スペンサーは奥歯を噛みしめ、どうしてこうも空回りするのだろうかと考える。午後のこの時間は、俺がダンを独占するはずだった。それなのに、ここにはクロフト卿以外の全員が集っている。そのうちクロフト卿もやってくるだろう。

よくよく考えてみれば、協力するはずのヒナが招いたことだ。ネコなんか連れて来て。

目を覚ましたら、よく言って聞かせなきゃならんだろうな。

スペンサーは憮然とカップを手に取った。

つづく


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